Women’s Stories: LGBT Edition (日本語)

画像: yesjaoui artworks cc

取材 Annie H Jones. 日本語訳榎本悠里香

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欧米諸国のたどってきた足跡をたどるように、日本でもLGBT(もしくはLGBTQIA – レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィア、インターセックス、アセクシャル等性的少数者の総称)に対する認知度が上がってきています。

LGBTに対する世間の受け入れはまだまだこれからなものの、昨今ではLGBTブームと呼ばれる現象も見られるようになってきました。5月の初旬に行われた2017年度の東京レインボープライドでは動員数108,000人を記録し、2016年の7万人、そして2015年の1万2千人の時と比べ大幅に上昇しています。日本でカミングアウトをして生きるということはどういうことなのかをより深く知るために、Women’s Storiesでは世代を越えた様々な女性達に自身の経験を語ってもらいました。

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Image credit: yesjaoui artworks cc

Miu, 20, artist and student

ストーンウォールジャパンのFacebook上にポストされたMiuのLGBTQをテーマにしたアートワークに感銘を受け、何をきっかけにジェンダーやLGBTQをテーマとして取り上げるようになったのか本人に連絡を取り、探ってみることにしました。

武蔵野美術大学で視覚伝達デザインを専攻している20歳です。人とのコミュニケーションを、言葉をつかう以外に、線や色や形をつかってできないか?というようなことを勉強しています。

レズビアンだとわかったのは、はっきりここだ!と言えるようなきっかけはありません。高校生の時に男の子と付き合っていたのですが、彼がジェンダー的な意味でも身体的な意味でも「自分は男であり、お前は女」ということをかなり強調してくる人だったので、「素敵な人」として彼を好きになった私とはうまくいかずに別れてしまいました。それから、ジェンダーや自分の中の違和感をインターネットで調べていくうちに、女性も女性と恋愛していいんだ!ということに気づき、自分の気持ちに正直になることにしました。

「私はレズビアンなんです!」とカミングアウトしたことは一度しかありません。学校の課題で、自己紹介ならぬ「他己紹介」をした時に、ペアのクラスメイトに伝えました。「美大だからソッチ系の人多いんじゃない?」と言われて、悪気はなかったのだろうとは思いますが、すこしがっかりしてしまいました。私はインターネットに作品をアップしているので、私の作品を見ている友人たちは私がクィアであることを知っていると思います。

“愛の話を「いいなあー羨ましい」と聞いてくれるのは本当に嬉しいです”

家族にはカミングアウトしていません。同性婚のニュースが流れた時に、「ホモとかレズとかキモいよな」と父親が鼻で笑ったことがトラウマで、話しても無駄だと感じています。それに加えて、私の友人が、ゲイであることを理由に家を追い出され、彼の父親に「ゲイなんて死んだって構わない」と言われたという話を聞いてからは、怖くて絶対に言い出せないなと思っています。カミングアウトしていないので、自分の作品を見せることもありません。両親は私が一体どんなものを作っているのか興味があるだろうなと思います。

私の周りの友人たちは、ストレートが多いですが、「レズビアンである」ことに対する悩みを全く特別扱いしません。誰もが何かのマイノリティーである、という前提を忘れない彼らは、レズビアンであることも、オタクであることも、美大生であることも、同等に扱います。恋愛の話を「いいなあー羨ましい」と聞いてくれるのは本当に嬉しいです。

Miu5
Image credit: yesjaoui artworks cc

私がこのLGBTアートを始めたのは、自分の中のモヤモヤをうまく晴らせなかったからです。男性と付き合って突きつけられた「女性ジェンダー」について思いを巡らせ、女子トイレの長い列に並んでいる時に、鏡に映るピンクのトイレと、女性ジェンダーを見事に演じる女性たちと自分を見て「私は’理想的な女性’とは違うな」と感じ描き始めたのがきっかけです。

そこからはジェンダーについて描いていましたが、セクシャリティに関する葛藤が自分の中に生まれてからは、それを表現し始めました。最初は本当に自分で「納得がいかないことを絵に描いてみる」ストレス発散ぐらいの気持ちだったのですが、タンブラーで同じような葛藤をしている人たちがコメントをくれて、彼らのためにも描こうと思いました。

テレビをつけても、女性と男性が恋に落ち、雑誌は女性向けと男性向けで分かれ、コンビニには裸の女性の写真集がたくさん置かれているような日々で、自分はおかしい、孤独だ、と思うことは多いと思います。そんな中で、「ひとりじゃないよ、同じようなこと感じている人がいるよ」というメッセージを、ストーリーを伝えていくだけでも、救われる人はいるのではないかと考えています。

Miuの作品はこちらから:http://yes-ja-o-ui.tumblr.com/

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Shibatani Sōshuku, 63, monk and journalist

他宗教と比べ仏教は寛容な宗教と認知されていることが多いものの、トランスジェンダーの僧侶に出会うことはそうそうありません。東京にある證大寺で、トランスジェンダーである柴谷宗叔僧侶が、その生い立ち、男性のジャーナリストとして生きてきた過去、仏教との出会い、56歳で女性として生きることを決意したに至るまでなどの話をすると知り、Women’s Storiesとしてもお話を聞きに行ってみることにしました。

自分ではずっと女だと思っていました。男を演じて生きてきました。親元を離れて早稲田大学へ進学したとき、スーパーでワンピース買って着てみたんです。そのときは本当に嬉しかった。化粧をして町へ出たときは、これまで無理をして演じていたことから解放されたように感じました

仕方なく本当の自分を隠して読売新聞に就職しました。当時の新聞社は完全な男社会でしたから、自分を一切出せずに男を演じ続けました。唯一心が休まるのは、ゲイバーで仲間と話しているとき。でも最初の赴任地だった岡山にはゲイバーがありませんでした。仕方なく、神戸のゲイバーまで通っていました。

“唯一心が休まるのは、ゲイバーで仲間と話しているとき”

僧侶になるためには100日の修行が必要でした。これは働きながらではとても無理。そのとき会社がちょうど早期退職を募集していたので、会社を辞める決心をしました。51歳のときです。そして『これからは自分の心に従って生きよう』と心に誓ったんです。当時は埼玉医科大学と岡山大学病院しかGID(性同一性障害)の治療をしていなかったため、岡山大学病院へ行きました。すぐにGIDと認定され、半年後にホルモン治療を開始しましたが、手術までは時間が掛かりました。56歳のとき晴れて性転換手術を受けることができました」「僧籍の性別変更もしてもらいました。高野山真言宗では初めてのことでしたし、頭の固い人が多いので、認められるかどうか心配でした。高野山は明治の初めまで女人禁制だったくらいですからね。しかし理解のある人が本山にいたため、すんなり受け入れてもらえました。

高野山は男性優位の社会ですから『女になるなんてアホだね』と言われました。高野山にはいまだに一部女性が入れない場所がありあますし、女性が参加できない儀式もあるんです。それでも女になって、本来の自分を取り戻したかった。

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yu
Photo credit: Yū cc

Yū, 30s, owner of nail salon and bar

ネイルアーティスト、バー経営者、そしてDJという様々な顔を持つYuは、これだと思ったことには全力で成し遂げにいくような人です。まだまだLGBTQに対して理解の少なかった80年代の東京を過ごした経験から、ネイルアーティストとDJという二足のわらじの合間をぬって、女性達が素の自分でいられる安全な場所を作ろうとバーを開店し、LGBTQのコミュニティをより良いものにするために貢献しています。

本職はネイリストです。自分のサロンがあります、立川と新宿3丁目に。後、新宿2丁目に自分のWoodylandというバーもあります。Woodylandは友恋カフェオフ会です。2丁目に行ったことない子とかどうしたらいいかわからない子とか中心にイベントを企画して活動していきたいんです。みんなが幸せになれるように。自分にはそういう場所がなかったですから、バーを始めたんですよ。やっぱり寄り添ってちゃうよね、同じ感覚の人たちとは。でもそれは小さい世界で固まるんじゃなくて、 広い世界の中で自然体のまま一緒にいたいです。

近い将来自分のクラブイベントを開催したいのです。それが今の夢ですよ。若い頃から興味を持っていたけど若いうちはクラブに行って踊ったり遊ぶ方が夢中でした。始めたのは同じLGBTの友達の影響で、その子に基本を教えてもらって後は独学ですよ。

“古い考え(セクシュアリティに関する)がなくなったって気がします。すごくいいことだと思います”

新宿で生まれの新宿育ちです。5歳で女の子が好きでした。 でも、片思いでした。言えずにその子は転校してしまいました。渋かったですね (笑)。今でもあいたいですよ〜その子には。あと、12歳で友達にカミングアウトしました。チューしまくってたよ。部活にたくさんLGBT仲間がいたから、自然にカミングアウトができました。スポーツの友達の中で半分以上レズビアンでしたから。両親には28歳で言いました。 受け入れてくれました。 あんたの人生だから全てにおいて自分で責任を持てって親ですから。放任主義です。 次の日、孫はいらないから、心配するなと、言われました。 面倒見なくて済むから楽だと言って笑ってくれました。

古い考えがなくなったって気がします。すごくいいことだと思います。暗いイメージがなくなったですよね。 隠さなければいけないような気がしてたからですね昔は。今は人それぞれ趣味や嗜好が違うように恋愛対象も様々で良いって思えるようになりましたよ。まだまだそういった方もいるとは思います。でも確実に昔よりはカミングアウトしやすい環境になってきてるとは思いますよ。

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See previous interviews:

LENA on Being Mixed Race in Japan

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